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アスリート×哲学|吉田松陰『狂』の思想
アスリート×哲学

アスリート×哲学|吉田松陰『狂』の思想

代表取締役 橋本勇郎

hashimoto yuro

アスリート×哲学

スポーツの現場で起こることは、アスリートの生き方そのもの。
勝敗、仲間との関わり、努力の積み重ね、喜びや悔しさ…。
それらを突き詰めていくと、「人間とは何か」という問いに行き着きます。

本シリーズ「アスリート×哲学」では、先人たちの思想をアスリートの視点で紐解き、
競技人生をより深く、より豊かにする“考える力”を一緒に育てていきます。


アスリートに重要となる「狂」の思想

結果を出したい。誰よりも上に行きたい。
そう思いながら、ふと不安になる瞬間はないでしょうか。

「周りと同じ練習で、自分は突き抜けられるのか?」
「必死にやるほど、逆に浮いてしまうんじゃないか?」

この葛藤に、一つの答えを示すのが吉田松陰の言葉です。

彼は弟子たちにこう伝えました。

「諸君、狂いたまえ」

常識を超えて、志に没頭すること。
この「狂」の思想は、勝負の世界を生きるアスリートにこそ必要な視点です。


吉田松陰『狂』の思想

吉田松陰の肖像写真(国立国会図書館所蔵、幕末の教育者・思想家、パブリックドメイン)

吉田松陰が語った「狂」は、ただの異常や無謀ではありません。
志に全力で生きる姿勢を意味します。

吉田松陰はこの「狂」についてこんなふうに考えていました。

  • 常識や安定に収まるだけでは、新しい道は開けない。
  • 志に突き進む姿は、人から「狂」と見えることがある。
  • その「狂気」にこそ、未来を切り拓く力が宿る。

つまり「狂」とは、常識を超えて志に没頭する覚悟のこと。
松陰自身も命をかけてこの「狂」を体現し、多くの弟子に受け継がせました。

同時に、松陰の歩みは順風満帆ではありませんでした。
志に突き進む過程で、失敗や挫折も多くあったのも事実です。

  • ペリー艦隊への密航未遂で投獄
  • 脱藩を繰り返して捕縛され、「常識外れ」と見なされた。
  • 志半ばで処刑宣告される(安政の大獄)。
吉田松陰が黒船に向かう姿を描いたイラスト(幕末の密航未遂を象徴、パブリックドメイン)

失敗の連続こそが、むしろ彼の生き方の証でした。
それでも彼は立ち止まらず、失敗から学び、志を磨き続けました。

その姿勢が、後の時代を動かす原動力となりました。


アスリートにとっての「狂」の思想

1. 常識や「普通」を超える勇気

「みんなと同じ練習をしていれば安心」

その安心は、成長の天井にもなります。
常識に従えば批判はされませんが、常識の範囲内で生きている限り、常識を超える結果は出ません

誰よりも早く起きて自主練を重ねる。
チームにない工夫を自分で設計して試す。

他の人から見るとちょっと異常に思えることをやってみる。
その一歩が、周りとの決定的な差を生みます。

2. 誰よりも「考える」執念

努力=時間の長さや行動量だけではありません。
勝負を分けるのはどれだけ考え抜いたか

たとえば、うまくいかなかった場面を何度も再現し原因を特定する。

「なぜこの練習が必要か」を理解してメニューに臨む。

3. 誰も信じなくても信じる

松陰が批判の只中でも志を疑わなかったからこそ、その「狂」は人を動かす力になりました。
アスリートにとっても同じです。

「日本一になりたい」
「海外チームに所属して世界に挑みたい」

大きな目標は、しばしば笑われ、否定されたりします。
志を高く持った時に最も辛いのは誰からも理解されないことかもしれません。

それでも、自分の志を自分だけは信じ切る
この信念こそが「狂」の本質であり、極限の場面で背中を押してくれます。


まとめ:「狂」は「志を基盤とし、行動の量と質を最大化する」こと

吉田松陰のいう「狂」は、ただ無茶をすることではありません。
志に没頭し続ける覚悟だと言えるでしょう。

常識を超え、誰よりも考え、誰も信じなくても自分を信じ抜く。
こうした覚悟が目標への行動の量と質を最大化します。
それが、結果的に未来を切り拓くことにつながっていきます。

もちろん、そこには失敗や孤独が伴います。
でもそれでいいのだと、吉田松陰は言っているのかもしれません。
前へ進み続ける姿こそ「狂」の証であり、成長の本質的な道です。

あなたにもこの「狂」をもつことができたらどうでしょうか?
どんな力強い競技人生を歩むことができるでしょう?

このブログが何かのきっかけになることを祈っています。

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